Japanese Association for Acute Medicine
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「救急医療を再構築するための提言」の理解のために

先日、日本救急医療財団の呼びかけに応じるかたちで、我々日本救急医学会は、日本救急医療財団と日本臨床救急医学会とを含めた三者によって厚生労働大臣あてに提言を申し上げたところである。これは既に本学会HPの上で参照できるのでお読みいただいた方も少なくないと思われる。

しかし、大臣への提言は要領よく纏め上げてあるため、かえって“無味乾燥的で”“砂を噛むよう”または“事情を知らないと内容そのものが分からない”という感想が寄せられたことも否めない。そこで、要領よく纏め上げる前段において、押さえるべきポイントを網羅的に書き込んで理事ら関係者によって推敲を重ねた文面をここに公開し、上記の三者による大臣への提言について補足的な理解をいざなうことを試みたい。

なお、後半のⅡについても相当な水準まで検討を行ったが、ここではいずれ法律化すべき極めて重要な課題であることを述べるに止め、省略させていただくことをあらかじめお断りしたい。会員諸氏の活発な議論を引き続き切に希望する。

平成20年12月24日
代表理事 山本 保博

救急医療を再構築するための提言

はじめに

救急患者の増加にもかかわらず、救急医療を提供する体制は、例えば病院の廃院、診療科の閉鎖、勤務医の不足などがあって、極めて不十分な状態にある。昭和40年代に世相を賑わした「救急患者のたらい回し」が今再びマスメディアに取り上げられ、当時は交通事故患者が救急患者の大半を占めたが、今や一般的な疾病を発症した救急患者が「たらい回し」にあっている。正に「救急(医療)難民」と呼ぶべき悲惨な状況にある。

そこで、社会のセーフティネットである救急医療を再び構築し、住民にとっての安全の確保に資するために以下のように考える。Ⅰ(1)〜(5)は比較的短期に実行すべきものであり、Ⅱについては充分な検討を要するが、いずれ法律化すべき極めて重要な課題である。

Ⅰ「救急患者のたらい回し」「救急難民」を解決する方策

(1)救急医療への人材の確保

 上記の「勤務医の不足」は、単に医師の人数不足を言うのみではない。勿論、そのような人的資源の投入は引き続き、今後も不可欠な方策ではある。同時に、今や病院医療の内容は高度化し、また患者・医療者間の関係も大きく変貌するなど、様々の要素によって、医師の業務が質・量ともに増大し、大きな負荷となってのしかかってきている状況がある。
 従って、ともに働く看護師、その他の医療職種、事務職員等々と多くの業務を分かち合うことができるような工夫が望まれる。彼らが医師の業務の一部を担うことによって多少なりとも医師の負担が減じるのであれば、また、もしそのための法整備が必要であるならば、関係する行政の担当者は躊躇なくそれに当たる必要がある。そのようにして、疲弊した現場の医師の負担を少しでも軽減化する方策が求められる。
 医師のシフト制などの勤務形態についての議論も重要である。人材「不足」を補うに当たり、ここに言う「工夫」は勤務形態についての議論にも増して実効性あるものと考えられる。ER型救急医療の導入も、勤務医の労働条件・勤務形態の議論を避けてはあり得ないことを銘記するべきである。

(2)救急医療に関連した地域ネットワークの再構築
1)医療機関・消防機関における情報共有と機能的連携

 現在は、各市町村の消防本部がそれぞれの地域の医療機関での受け入れ可否などの情報を集約している。このことを全県一区として行われているのは東京など一部の大都市圏に限られている。これは市町村の消防本部が救急患者をその地域のいずれかの医療機関に搬入する主旨からのものであって、地域の救急医療を全体として俯瞰し、医療機関の機能をコーディネートするためのものではない。
 そこで、地域の救急医療機関が相互に関連情報を共有し、地域の状況を面として把握できるような地域のネットワークを構築することが早急に求められる。そして、救急患者は急性期を経てリハビリテーションなどその後の治療に移り、慢性期や老人医療を担当する施設に至る場合も少なくないので、患者の流れ、つまり機能的連携を意図しての地域における情報共有も、重要な課題である。このような医療機関・消防機関における情報共有と機能的連携を地域のシステムとして構築することが重要である。

2)救急患者を受け入れるネットワーク

 救急患者を受け入れる地域のシステムは地域々々において歴史的に構築されてきた。それは今でも地域々々において多くの関係者の努力によって機能し続けている。しかし、冒頭に記したように、救急患者の増加に見合った医療資源の投入がなされなかったこと、前者が主として高齢患者の増加によるにもかかわらず、そのような患者の長期療養への視点が欠けていて救急患者の流れが確保できなくなってしまったことなどがあって、地域の救急医療に関するネットワークは今や「ガラス細工」のような繊細かつ脆弱な様相を呈している。
 このような局面にあって、地域の救急医療機関に救急患者の受け入れを多少なりとも円滑にするためのコーディネーターの導入とそれに呼応できるシステムの構築が望まれる。

①コーディネーターの導入
 ある調査によれば、救急医療機関が救急患者受け入れに至らなかった理由は、「他の患者への対応中である」、「対象患者への処置が困難である」、「現在ベッドが満床である」が主なものである。しかし、地域によってはこのような状況に加えて、対象患者が「住所不定である」、「生活困難者である」、「認知症がある」なども、多くの救急医療機関にとって多大な負荷となる。
 そこで、生活困難者への行政上の支援など、多方面からのコーディネーションを具現化できるシステムがあれば、救急病院が「一時的にでも患者を預かる」ことが可能となろう。このような業務に与るコーディネーターを二次医療圏など、一定の医療圏において導入することは「たらい回し」を防ぐ方策の一助となると考えられる。

②コーディネーターに呼応できる救急病院「群」
 上記コーディネーターが医学的・社会的な諸問題を勘案しつつ、いずれかの救急施設に患者を搬入できるように調整すれば、例えば、その患者は日勤帯には本格的な治療の目的で別の施設に再転送されることも可能である。ここで重要なことは、いずれかの施設が「一時的にでも患者を預かる」ことができなくてはならない。ここに(2)1)で提案した、地域の救急医療に関する情報を全体として把握できるシステムが有効に機能することとなる。つまり、その情報を共有しつつ、その病院が「無理を承知で一肌脱ぐ」ことになる。その病院には、多分複数の当直医がいるなどと想像されるが、一時受入れ・転送システムに呼応できる複数の医療機関が固定であれ、輪番であれ、地域においてなくてはならないと思われる。これらを円滑に進めるためには、派生的に病院間搬送体制の整備も必要となり、これは後述の(4)においても言及する。

(3)「救急トリアージ」の導入
1)患者自身が救急受診の必要性を判断するシステム

 東京都では「東京消防庁救急相談センター」を開設し、救急車を要請すべきか否かについて電話で相談できるシステムを導入した。従来は「どこに行けばいいか分からない」「どうしてよいか分からなかった」なども救急車を要請する理由であったが、東京消防庁救急相談センターが少しずつ都民に周知されていけば、119番通報で救急車を要請するか否かに迷った際には#7119に相談できるので、不要不急の救急車の利用は少しずつ減少すると思われる。こうした電話相談方式が定着すれば、より重篤な救急患者にこそ救急車の利用をいざなおうという「救急車の適正利用」も推進される。
 東京都での試みは、電話での対応を標準化することができるプロトコールを作成していて、漸次その数を増やしながら進化している。各地域でこのような取り組みを行う価値が大いにあると考える。発展的には遠隔医療の有効かつ積極的な活用へと結び付けることができる。この方法はさらに拡がる可能性がある。

2)救急車要請時におけるトリアージ

 横浜市消防局がこの10月から開始した。119番通報により重症度・緊急度を判断し、その判断に応じて段階的に対応の水準に差を設けるものである。最も軽症と判断された場合には、上記のような電話相談に準じた対応をするという。119番通報に「救急車を出動させない」こともあるということで引き続き注目に値する。

3)救急現場における救急隊によるトリアージ

 現場に出動した救急隊の判断で「救急搬送の対象外である」と判断するものである。この判断には、客観的なプロトコール(判断基準)があって、これによって判断する。東京消防庁の試みでは、約千回の出動に1件がその対象であり、その場合に6割の傷病者が搬送しないことに同意している。

4) 看護師によるトリアージ

 我が国においても意欲的ないくつかの救急病院において「救急患者のトリアージ」が行われ始めた。これは、まず看護師によっていわゆる予診がなされ、そこで「蘇生」「緊急」「準緊急」「非緊急」などと振り分けるものである。重症度・緊急度の高い患者に医療資源の投入を先んじて行おうという工夫である。日本看護協会による救急看護認定看護師が輩出されてきたことも少しずつ普及している一因であろう。
 先行する報告によれば、患者からの苦情は激減するという。まずは看護師によって予診が行われ、患者は安心して待つことができるからであろう。また、更に重要なことは、看護師らの職務満足度が上がったということである。一般的に職務満足は患者の満足とも比例すると言われるが、救急外来において体系的、組織的な職務の遂行がこのような結果となったわけである。救急患者の数の多さに疲弊する救急病院においては、今後に導入すべき重要課題である。
 加えて、救急患者が「蘇生」「緊急」「準緊急」「非緊急」と区分けされるなら、「真の救急患者とは何か」という長らくの命題にも一定の解答が得られる可能性がある。そのようであれば、救急医療に投入すべき人的資源、その他に関する議論も大いに発展することができる。

(4)後方連携

 (2) 1) においても言及したように、救急医療はその後に続く医療があってこそ展開することができる。つまり、その後への流れが渋滞すれば、救急医療機関は「ベッド満床」となって「受け入れ」ができない。つまりは「救急医療がない」「救急(医療)難民」となる。
 患者にとってみれば、急の発症なので救急車のお世話になって入院したということは、単に「入り口」に入っただけのことである。これから本格的な医療、ないし長期の療養へと続いて行く。この後者があってこその救急医療であるから、救急医療を含めて、医療が社会資本である、ないしセーフティネットであるとはこのような文脈でも理解することができる。
 先の診療報酬改定において、救命救急入院料など急性期への配慮がなされたが、慢性期医療への配分が減じたことから、救急患者の後方への連携が大いに滞る事態となった。このように救急医療がダイナミックな流れにあるという認識を基盤として、救急医療にとって後方連携が円滑になされる環境の整備・確保を切に希望する。

(5)国民の理解など

 地域における救急医療は地域住民にとって「大事な社会資本」である。「大事な」とは、それがなければ暮らしが成り立たないということである。つまり、地域の社会を作るひとつの要素が救急医療であるということで、住民の一人々々がそのことを認識している必要がある。病院を使い捨てにするようであれば、それはその地域から病院がなくなってもよいということで、そのようでは地域社会が成り立たない。
 従って、救急医療に関する理解を促すポイントは、地域住民がそのコミュニティに住み続けたいと思う心があるかどうかである。それは具体的には「郷土愛」と呼び得る。これは、あげて教育そのものの問題であろう。このような教育があって、その上で「家庭でできること」「相談すること」「通常の日勤帯での受診か救急受診か」などといった医学・医療の知識へと進むはずである。そしてまた、このような知識を得ようと思う動機は「自らは自らが守る」という主体的な心が原点でなければならない。その後に「助けてもらうにはどうするか」という順序である。
 いずれも責任ある自己と社会との繋がりという「ひとの社会」そのものについての理解とそれへの教育である。教育と医療とが正に国の根幹であるということに他ならないが、ここでは「地域の暮らしと救急医療」という程度の表現で、例えばテレビを用いた啓発活動を展開するなどが効果的と思われる。

Ⅱ「救急及び災害医療対策基本法」の制定

Ⅰ(1)〜(5)については現状の悲惨な状況を克服することを目的にして「早急に講ずべき方策」についての提案であるが、Ⅱに示す法の制定に関する提言は、救急医療並びに災害医療という観点から、組織的かつ体系的に国民の生命を守ることを目的とした法的整備を求めるものである。現下の危機的状況を再び繰り返さないためにも、このような長期的視点からの提言もまた、この時期において極めて有意義なものである。以下に詳述する。

救急医療及び災害医療対策基本法案要綱(案)
 以下は省略。

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