概要
日本救急医学会学会主導研究
Japanese Association for Acute Medicine Sepsis Prognostication in Intensive Care unit and Emergency room; JAAM SPICE
1.研究概要
日本救急医学会多施設共同試験特別委員会は、多施設共同前向き研究によるSepsis-3の検証(JAAM SPICE)を開始する。本研究は学会主導研究評価特別委員会および理事会の承認を得て行う日本救急医学会学会主導研究として実施する。研究結果はデータファイルを公開し学会員諸氏に還元すると同時に、日本の救急医療の学術水準として日本救急医学会が世界に向けて公表する。
本研究は「救急初療室における敗血症診断 JAAM SPICE ER」および「集中治療室における敗血症診断 JAAM SPICE ICU」で構成し、前者は委員会施設に加えて参加施設を一般公募、後者は委員会施設のみで実施する。
2. 研究の背景と目的
感染症が疑われる患者の初期診療情報からその患者が全身性の反応を生じ生命の危機が生じうるのか、すなわち敗血症と診断しうるかどうか、この20年間に様々な取り組みがなされてきた。1992年に敗血症は感染に起因する全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome, SIRS)と定義された(1)。この定義は2001年に開催された敗血症に深い関わりを持つ5学会合同会議でも踏襲され今日まで使用されてきている(2)。しかし、SIRSが感染性および非感染性生体侵襲に対する非特異的反応(自然免疫炎症反応)のため、敗血症診断における特異性の低さが問題とされてきた。この様な背景を元に、2016年にSIRSを除外しSequential Organ Failure Assessment (SOFA) を組み入れた新しい敗血症の定義および診断基準が提唱された(3)。
1)救急初療室における敗血症診断 JAAM SPICE ER
Seymourら(4)は150,000例の抗菌薬投与および体液培養が行われた患者コホートの半数症例を解析して、敗血症の転帰予測モデル、quick SOFA (qSOFA)を考案した。qSOFA は意識障害(Glasgow Coma Scale (GCS) < 15)、頻呼吸(呼吸数 ≥ 22/min)、低血圧(収縮期血圧 ≤ 100mmHg)の2項目を満たせば、感染症患者の死亡リスクが高いことを予測するモデルである。Seymourらは更に残りの半数症例を使用して開発したqSOFAをSIRS と比較し、qSOFAは簡便かつ院内死亡予測がSIRS よりも優れていることを示した。この結果に基づきqSOFAを敗血症患者の予後予測指標として世界に公表した。しかし、この研究には後ろ向き研究の限界点が複数ある。抗菌薬と体液培養の両者の要件を満たした患者を感染症患者と定義する選択バイアスが存在する。抗菌薬と体液培養実施の許容時間幅が72時間に渡り広すぎる。さらに、診療開始時点での情報に基づくべきqSOFAやSIRSを収集する許容時間も長く、発症前後72時間の最悪値と定義されているため指標検査として一般化の可能性を損ねている、などが列挙可能である。
そこで、本研究は救急初療室Emergency Room (ER)を受診し担当医が感染症疑いと判断した患者に対して、感染症を疑った時点での情報に基づくqSOFA とSIRS を比較し、敗血症初期診療のより良い指標を前向き検討で明らかにすることを目的とした。
2)集中治療室における敗血症診断 JAAM SPICE ICU
敗血症は、感染に対する生体反応不全が引き起こす危機的臓器機能障害、と新しく定義され、臓器機能障害はSOFA>2と定義された。これに基づき感染症が疑われSOFAが2以上に急激に上昇した場合(以下SOFA>2と記載)に敗血症と診断される。SOFAは公表後二十数年を経て世界各国の集中治療室(ICU)で幅広く使用されている臓器障害のモニタリングシステムである。しかし、SOFAは救急初療室、一般病室で使用するには煩雑であり、集中治療に従事していない医師・看護師にとっては非常になじみの薄いシステムである。このため、ICU以外で使用する敗血症を疑う指標としてquick SOFA (qSOFA) が提案された(4)。敗血症の新定義およびqSOFAは公表前段階からその是非をめぐり多くの議論があり、公表論文ではcontroversies and limitationsの記載に1頁が割かれている。新定義および診断基準からSIRSが除外されたが、controversies and limitationsの「The task force wishes to stress that SIRS criteria may still remain useful for the identification of infection」一文からその混乱が窺われる。また、SOFA閾値の妥当性への疑問、SOFAとqSOFAの各項目の閾値に相違があり統一されていない問題点も指摘されている。このように、いまなお敗血症の新定義・診断基準(SOFA)とqSOFAは世界中で大きな議論を巻き起こしている。
新定義(SOFA>2)とqSOFAの最大の問題点は両者が後ろ向き検討で提案され、前向き研究で検証が実施されていないことである。そこで、本研究は集中治療室(ICU)に入室した患者を対象にして、感染症を疑った時点での情報に基づき「敗血症の新診断基準(SOFA>2)が旧診断基準(SIRS)よりも敗血症診断特性が良く、qSOFAがSIRSよりも感染症疑い患者の予後予測に優れる」と言う仮説の証明を前向き検討で行うこと、SOFA項目の閾値の妥当性の検討を行うことを、目的とした。
文献
- Bone RC, et al. American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference: definition for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 1992; 20:864-874.
- Levy MM, et al. International Sepsis Definitions Conference. 2001 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS International Sepsis Definitions Conference. Intensive Care Med 2003; 29:530-538.
- Singer M, et al. The third International Consensus Definitions for sepsis and septic shock (Sepsis-3). JAMA 2016; 315:801-810.
- Seymour C, et al. Assessment of clinical criteria for sepsis. For the third international consensus definition for sepsis and septic shock (Sepsis-3). JAMA 2016; 315:762-774.
3. 研究実施施設
救急初療室における敗血症診断 JAAM SPICE ER
日本救急医学会多施設共同試験特別委員会施設
日本救急医学会専門医指定施設
集中治療室における敗血症診断 JAAM SPICE ICU
日本救急医学会多施設共同試験特別委員会施設
4. 研究期間
救急初療室における敗血症診断 JAAM SPICE ER
倫理委員会承認から6ヶ月(予定)
集中治療室における敗血症診断 JAAM SPICE ICU
倫理委員会承認から1年(予定)
5. 研究結果の公表
日本救急医学会学会主導研究(JAAM SPICE)として世界に公表する。
6. 研究責任者
横田 裕行 日本救急医学会 代表理事
丸藤 哲 日本救急医学会多施設共同試験特別委員会 委員長
7. 連絡先
福田 修太 一般社団法人 日本救急医学会
〒113-0033東京都文京区本郷3-3-12 ケイズビルディング3階
TEL: 03-5840-9870 FAX: 03-5840-9876
Mail: jaam-6@bz04.plala.or.jp